SAS Japan
活用事例からデータ分析のテクニックまで、SAS Japanが解き明かすアナリティクスの全て
2026年10月19日:改定 取材の場で聞いたが、記事にならなかった話 日産GT-Rという国産スーパーカーは、2007年に登場し2025年に生産終了を迎えました。発売当時、私もこの車の助手席に乗せてもらったことがあり、とてつもない加速力とエンジン音に悲鳴を上げてしまったことを覚えています。たった一回の乗車で大ファンになりました。 その日産GT-R開発責任者の水野和敏氏は、2013年のNIDays基調講演に登壇され、私はその取材に同席させていただく機会がありました。私の印象に最も残ったのは、記事には載らなかった「ある運用ルール」の話でした。取材から10年以上が経った今、水野氏が語っていたのはこういうことだったのか、と思うようになりました。 その話を書く前に、まず経営上の問いを一つ置きたいと思います。 【問い】 部門ごとのKPIだけで、組織全体の失敗の原因は見えるか? 多くの企業では、経営のKGI(Key Goal Indicator)を、売上・利益・納期・品質などの切り口で、部門ごとのKPI(Key Performance Indicator)に分解して運用しています。分解の仕方自体は、KPIツリーとして整理されていることが多いと思います。 それでも「KGIが現場に落ちない」「現場がKPIを達成しても業績が上がらない」という悩みは尽きません。目標の分解が悪いのでしょうか。私は、もっと手前に原因があると考えています。各部門が、別々のデータで、別々の定義で、自分の数字を見ていることです。 GT-R開発に見る「部門別の仕事をやめる」という決断 水野氏は、開発責任者に就くとまず、計測システムの開発に着手したと語っていました。エンジン、ボディー、サスペンション、ブレーキ、ミッションと部門ごとに別々の計測をしていては、クルマ全体で見たときの失敗の原因が分からないからです。そこで一度に250項目のデータを取得し、ソフトウェアで統合して解析できる仕組みを作りました。部門ごとの仕事は全部やめるよう、チームに伝えたそうです。 統合した計測データを各専門家に共有すると、課題と解決策の両方が見えてくるそうです。水野氏は「これまでミッションが原因だと思っていたものが、実はエンジンに問題がある場合もある」と述べていました。(出典は文末に記載) なお、これは水野氏ご本人が語った内容であり、成功した当事者の総括でもあります。ここでは検証済みの一般法則としてではなく、示唆に富む一つの事例として紹介します。 取材で聞いた「絶対に譲らなかったルール」 ここからが、取材の場で伺った話です。水野氏は、計測データを現場のエンジニアが個別に取得することを認めませんでした。データの引き渡し担当者を置き、エンジニアは、その担当者を通じてしかデータを受け取れない形にしたのです。意図的に、です。 担当者は、若手の非エンジニアの女性でした。当然、現場のシニアエンジニアからは強い声が上がりました。「エンジニアが直接データを見せてもらった方がいいはずだ」と。彼女は、その矢面に立ち続けました。当時の大変さは、ご本人からも伺っています。 それでも水野氏は譲りませんでした。個別にデータを渡せば、議論が再び部門ごとの仕事に戻ってしまう。全員が同じデータを同じ形で見ることが、すべての前提だったからです。この点を、水野氏は力を込めて語っていました。 私がここで感じたのは、次のことです。 なんという先見の明、そして譲らない根性か。ただただ凄いと思いました。腕利きのエンジニアたちに、データの取得を各自でやらせない。それは直感に反するように思え、当時は正直なところ混乱したことを覚えています。 「窓口を絞れば遅くなる」という反論に答える エンジニアの方ほど、こう思うはずです。「窓口を1人にするのは、ボトルネックでは?」 ご指摘のとおり、その懸念はあります。ただし、この事例の本質は、窓口を絞ることではありません。データと指標の定義を1つに統一することです。2013年の事例は、それを人の力で実現した例と読めます。今なら、データ基盤を一元化し、指標の定義を一箇所で管理する(いわゆるSingle Source of Truthや、指標定義を集約するセマンティックレイヤーの考え方)ことで、速度を落とさずに同じ状態を作りやすくなっています。 もう一つ、正直に書いておくべき点があります。水野氏がこれを貫けたのは、当時の経営トップの強い後ろ盾があったからでもあるでしょう。多くの組織で同じことをするなら、仕組みを作る人と、それを守る権限を持つ人を、意図して設計する必要があると思います。 図1 GT-R開発時の全体ゴールと各部門のKPIの考えは、経営でも同じ 製造業の実践例:KPIツリーで、工場の利益から現場のデータまでをつなぐ では、これを製造業の現場に置き換えるとどうなるでしょうか。 図2は、工場の利益を例にした、経営KGIから現場のデータまでのKPIツリーです。工場管理利益の定義は会社によって異なるため、ここでは一例として、売上(社内振替を含む)から変動費と工場固定費(管理可能費)を引いたものとしています。図は、左から順に次の5つの階層で構成されています。 経営KGI:何を達成したいか(工場管理利益) 財務ドライバー:利益を動かす要因は何か(生産・売上貢献、変動費、工場固定費) 製造KPI:何を改善するか(OEE、材料歩留まり、エネルギー原単位など) 現場KPI:どの現象を管理するか(時間稼働率、性能稼働率、良品率など) Operational Data:何のデータで把握するか(設備稼働データ、品質・検査データなど) 図2 工場管理利益のKPIツリー(一例) 左から右へ読むと、経営の目標が現場の管理項目に分解されていく流れです。右から左へ読むと、現場のデータが積み上がって、工場の利益になる流れです。ここで注目してほしいのは、すべての数字の出発点が、いちばん右のデータであることです。 OEEの経路をたどってみる 図の最上段が、OEEの経路です。製造KPIの「設備総合効率(OEE)」は、時間稼働率 × 性能稼働率 × 良品率で表される指標です。この3つは、そのまま現場KPIになります。さらにその下で、設備の稼働・停止の記録、実サイクルタイム、検査結果といったデータから計算されます。 逆に上へ向かうと、OEEが上がって生産量・出荷量が増えれば、「生産・売上貢献」を通じて工場管理利益に効いてきます。この経路を金額に換算する式は、次のとおりです。 年間の損益インパクト
2026年7月22日(水)、赤坂インターシティコンファレンスにて「SAS Innovate on Tour Tokyo 2026」を開催いたしました。事前登録は721名、当日は522名の皆さまにご参加いただきました。 今年のテーマ:「AI活用」は意思決定の再設計である データ活用、データ基盤の構築、生成AIの導入、AIエージェントの導入。多くの企業がこうした取り組みを進める一方で、期待した成果につながらないケースも少なくありません。「AI活用」という手段が目的化し、本来見直すべき業務プロセス、すなわち人がどう判断し、どう意思決定するかという仕組みそのものが問われないままになっているーこれが、SASとSASのお客様の間にある問題意識です。 価値を生み出すために必要なのは、データの統合ではなく、意思決定の統合です。従来の意思決定は局所化・サイロ化しがちで、そのような状況のままAIを既存のプロセスに当てはめるだけでは、成果は限定的で単純な効率化にとどまります。収益の最大化、そしてその前提となる顧客体験の最大化という原点に立ち返り、全社視点で価値提供を最適化すること。企業が商品を設計して消費者に情報を提供する従来の流れから、顧客起点のデータに応じて企業がビジネスモデルをフィットさせていく流れへ。AIを前提に新たなビジネスプロセスやサービスの在り方を設計し、非連続な変革につなげること。問われているのは、たとえば顧客中心の視点で、判断・意思決定のプロセスそのものを再設計する力です。 SASの信頼できるエージェンティックAIは、ガバナンスと説明可能性に裏打ちされた“根拠が追える意思決定”を可能にします。組織内外の知見とデータをつなぎ、価値創出とイノベーションを加速する。この一日は、そうした「意思決定の再設計」を軸に、オープニングセッション、Japan Keynote、ランチセッション、業界別ブレイクアウトセッション、Innovation Hubを通じて、さまざまな角度から掘り下げる場となりました。 オープニングセッション:信頼できる意思決定の土台 オープニングセッションでは、SAS本社のエグゼクティブ陣が登壇しました。意思決定を再設計するうえで欠かせない「信頼」「ガバナンス」「データ」「業界知見」という4つの土台が、それぞれの視点から語られました。 人の創造力とAIが、価値創出へと結びつく瞬間 冒頭、AIは人間を置き換えるものではなく、人間の観察力や意思決定を拡張する技術であると説明され、エージェンティックAIの活用にはガバナンスとガードレールによる精度と再現性の確保が重要であると強調されました。具体例として、Epic GamesおよびGeorgia-Pacificと連携したデジタルツインの取り組みや、デンマークの医療機器滅菌サービス企業Sterilcentralにおけるコンピュータビジョンと合成データを活用した安全管理の事例が紹介されました。 イノベーションを加速するAIガバナンス 次に、SASは、AIガバナンスを「人間の判断力を組織全体に拡張する仕組み」と位置づけていることが示されました。IDCとの共同調査から世界の企業の46%がAIに対する“信頼のジレンマ”を抱えている現状が共有され、これを解決する新製品として「SAS AI Navigator」を紹介し、ガバナンスが責任あるAI活用を加速する基盤であることが示されました。 データから意思決定へ、全社規模で このパートでは、SAS Data Makerを用いた合成データ生成によりデータの偏りを解消し、不正取引の検知率を4%から53%まで引き上げた事例が紹介されました。また、RAGテクノロジーの製品 SAS Retrival Agent Manager やSASの意思決定管理プラットフォームである、SAS Intelligent Decisioning製品を組み合わせた、監査可能で説明可能な意思決定のデモや、ノルウェーの郵便・物流企業Posten BringにおけるSAS ViyaとMicrosoft Teamsを連携させたSAS Supply Chain Agentの事例も披露しました。 AIが変える各業界の今 最後に、いくつかの業界ユースケース~銀行・ヘルスケア・公共・スポーツなど各業界でのSASの活用事例を紹介しました。銀行業界では年間3,000億件を超える取引の意思決定を支援し8.1兆円以上の不正防止効果を生み出していること、カナダのScotiabankにおけるモデルリスク管理の効率化、製薬企業DompéによるSAS Viyaを活用した創薬プロセスの迅速化、米国ノースカロライナ州税務局における年間9億ドルの損失回避の事例などが語られ、さらにLiverpool FCとの戦略的パートナーシップによるファンエンゲージメント強化の取り組みも紹介されました。 Japan Keynote セッション:問いを立て、意思決定を再設計する 午後のJapan Keynoteは、まさに今年のテーマそのものである「意思決定の再設計」を正面から扱うセッションとなりました。多様なデータを活用した意思決定の実践アプローチ、人材育成や社外データの活用、先進企業の事例を通じて、持続的な成果創出のポイントを探りました。 AI時代に企業人に求められるのは、ツールを使いこなすスキルではなく、問いを立てる力、問いの解決方法をデザインする力、そして意思決定のプロセスを設計する力です。Japan Keynoteは、AI実装の現在地から課題を提起するセッション①、変革の具体的な実践を議論するセッション②、人材・データ・実装という3つの切り口でSASの取り組みを紹介するセッション③という流れで、このメッセージが一貫して伝えられました。 セッション① AI実装の現在地~真の成果創出に向けて~ アジア太平洋地域と日本におけるAI実装の現状を共有し、課題を提起するセッションとなりました。SAS Financial Services,
7月といえば七夕。笹に短冊を飾り、願い事を書く季節である。今年の私の願いは、データを活用できる人材が日本でもっと広がることだ。 データ活用とは、長年培ってきた勘や経験を否定するものではない。そこにデータを少し足すことで、経営判断の精度を高めるための身近な道具である。特に地方の中小企業には、意思決定が速く、小さく始めて成果を確かめやすいという強みがある。 デジタル技術の進化により、日々多くのデータが生まれている。一方で、データを「集める」ことと「使いこなす」ことの間には、まだ大きな距離がある。日本でもDXやAI活用の重要性は広く語られている。しかし、現場でデータを読み解き、判断や改善につなげられる人材は、まだ十分とは言えない。だからこそ、データを理解し、仕事に活かす力を一人ひとりが持つことが重要になる。 このような思いから企画に関わってきた新しい講座が、いよいよ始まる。長崎大学の「データ活用人材育成講座(初級コース)」である。本講座は、統計などの専門知識がない方でも、データ分析の基礎から実務応用までを学べる実践的なプログラムで、課題解決や意思決定に必要な知識とスキルを、体系的に身につけることができる。講座の詳細は、下記サイトを参照されたい。 2026年度 データ活用人材育成講座(初級コース) | 長大データバンク | NU Databank データ活用は、一部の専門家だけに求められる特別なスキルではない。現場の課題を見つけ、よりよい判断や改善につなげるための、これからの仕事に欠かせない共通言語である。勘や経験にデータを組み合わせることで、経営や日々の意思決定はさらに強くなる。 七夕の短冊に願いを書くなら、「データを正しく読み解き、仕事や地域の課題解決に活かせる人がもっと増えますように」と書きたい。この講座が、その願いを現実に近づけ、長崎から日本各地の組織や地域へとデータ活用の力を広げる一歩となることを期待している。 2026年7月末 相吉