経営層による「データ活用がされてない」という嘆き
ここ数年のAI・データサイエンスなどの「ブーム」およびクラウド化などのITインフラ・ツールの様相の進化により、数十年前からデータ分析を武器としてきた企業に加えて、より多くの企業で「データ活用」に取り組み始めました。その多くの取り組みは以下のようなものに代表されるのではないでしょうか。
- クラウド化を期に「データ基盤構築」と称して様々なデータを一元的に蓄積する
- データサイエンティストを採用・育成する
- 民主化と称し全社にBIツール(レポーティング・グラフ化ツール)を配布する
- DX部門やデータサイエンス部門を配置する
しかしその結果として、「これらのことをやってきているのに、経営的な意志決定にデータが十分活用されている実感がない」と嘆く経営層が多いのはなぜでしょうか?
このような嘆きのパターンは以下に大別されます。
- 経営上の意志決定をする上でのファクトが見えないすなわち、「世の中の真実の理解」ができておらず、経営上の意志決定に役立てられていない
- 色々なビジネス上の取り組みをしている(ようだ)が全体の収益性へのインパクトが見えない、すなわち様々な角度での活動や取り組みの「収益性」管理ができていない
- データの価値を高められていない。自社内のデータ資産を価値に変えられていない。部門間同志、あるいは他の企業のデータと自社のデータを掛け合わせることで新しい価値を創出できるはずができていない。すわなち「イノベーション」が起こせていない
筆者は、これらの嘆きの理由を、「データリテラシーが不足しているからだ」と考えています。本ブログでは、「データリテラシー」の定義についてあらためて考察することで、その筆者の考えをお伝えします。
まずデータリテラシーとは
データリテラシーとは、「データを読み解く力」と言い換えられることも多いですが、そもそも「データを読み解く力」とは何でしょうか?手元にあるデータをグラフ化してレポートを作成し、勝手な仮説の証拠とすることでしょうか?ビジネス上の意志決定というコンテキストの中では「データを読み解く力」を筆者は以下のように3つの力の総体として定義します。
- ビジネス上の問いからスタートしてデータの可能性を見極める力
- データそのものを正しく理解する力
- データを通して真実を理解する力
1.ビジネス上の問いからスタートしてデータの可能性を見極める力
データ活用の取り組みで頻繁に見られ、また成果を発揮していないパターンはほぼ決まっていて、「このデータでなにかできないか」というデータの活用そのものが目的化している場合です。データから出発している時点で、イノベーションのアイディアに制約を課しており、また、思いついたアイディアに飛びつき投資を続けて形になりかけようやく価値を具体的に考え始めたところで、投資対効果が低いことに気づくというパターンです。これは、近年のAIやDXブームにおいて周りに後れを取らないことが目的化している企業に多く見られる結果です。
二十年以上前からデータ分析を武器としてきた企業は、スタート地点が異なります。1999年、筆者が初めてモデリングソフトウェア(当時のSAS Enterprise Minerという製品です)を使用したデータマイニングによる顧客分析プロジェクトでは、お客様の要望は、「このデータで何かできないか?」ではなく、「顧客の顔が見たい」という一言でした。我々はその「ビジネス課題」をデータでの表現に翻訳し現実世界と利用可能なデータのギャップを示しながら、モデリング結果に基づくアクションを実行する支援をしていました。
その当時からそのまま使われている、SASのData & AI ライフサイクル(図1)の定義が他社の類似方法論と大きく異なるのは、プロセスの最初が「問い」すなわち、ビジネス上の課題設定であるということです。社会人1年目の私でもそのデータマイニングプロジェクトでお客様の課題解決の手伝いができたのは、弊社の方法論の最初のステップに「問い」があったおかげです。
「データドリブン経営」の「データドリブン」が誤解を招く一因になっていることもあるようです。「データ」そのものは推進力にはなりません、データを活用し「ビジネス課題を解決するより良い意志決定」そのものがビジネスをドライブします。自動車を動かしているのは、ガソリンや電気ではなく、エンジンやモーターであるのと同じです。「データが語る」というのは正しくなく、「データを(必要に応じて)使って語る」が正しいのです。
また、対としてビジネス活動を正しく定量的に測れるスキルも必要です。バイアスだらけの過去のデータと比較して、企業や事業の成長率を正しく測っているかどうか、オペレーショナルなKPI(例えば在庫金額)が全体収益(売上やオペレーションコスト、調達コストなどを含めた全体の収益性)にどのように貢献しているか、などデータ活用によるビジネス変革を経営視点で正しく測れるようにすることも必要です。こちらのブログ(そのデータ活用は攻め?守り?)でご紹介した、ストラテジック、タクティカル、オペレーショナルの分類ごとに、各活動や業務単位での成果を測定し、連結したレポーティングをするということです。
2. データそのものを正しく理解する力
企業活動で生成されるデータは単に過去の企業活動つまり過去の意志決定とその実行結果と、市場との相互作用の産物でしかありません。例えば、商品Aの売上が下がっているデータがあったとしても、それが市場全体での商品Aの需要の落ち込みを表しているのか?あるいは競争の中でシェアを落としていることは表しているのか?あるいは商品陳列棚に欠品が多発しているのか?はたまた単に商品Aの販売を減らす意志決定を過去にしただけなのか?は、販売データだけを見てもわかりません。
簡単に手に入るデータが表している傾向からだけではその背後にある真実・理由はわからない、ということを理解する力(スキル)が必要になります。
優秀なデータ活用者は、データの出自の確認からスタートします。そのデータがどのように収集されたのか、収集時にはどのような制約があったのか、どのような過去のアクションの結果なのか、収集の精度やシステムはどのようなものなのか、などです。データを加工したり視覚化する前のこの最初の1歩ができているかできていないかで、その企業が真にデータ分析を競争力に変えられているかどうか判断することができます。
3. データを通して真実を理解する力
特にビジネスの世界において、データは世の中の真のあり方(消費者の行動特性や嗜好、市場のトレンド)をそのままの形で表現していることは稀で、一つの断面を切り取っていたり、過去の企業の意志や行動が介在していることがほとんどです。このような性質を持つ企業活動のデータから、真実を見通すにはどのようにすればよいでしょうか?
真実を見通すためには、実験と推定しかありません。仮説を基に計画的に実験を繰り返しその結果のデータを見ることで、真実を「推定」します。これが、データを通して真実を理解するということです。
図2は、ビジネスにおける意志決定を理解するために、歴史的なアプローチを模式化したものですが、右側にあるような一見社会全体をデータが表していると誤解しがちなアプローチでも、インターネット上のデータ、関連企業の販売・マーケティング活動の結果、というバイアスのかかったデータであることを理解することが必要です。
筆者は、以上3つの力が「データを正しく読み解き活用する」力であり、総称してデータリテラシーであると考えます。
データリテラシーを身につけ、嘆かないようにするために
その①:まずデータリテラシーを身につける
多くの企業では、データサイエンス教育に力を入れていますが、前述のデータリテラシーの定義を見ると、それらは単にテクニカルにデータを加工し(データエンジニアリング)、分析やモデル開発をする(データモデリング)スキルではなく、経営管理者層が身に着けるべきData & AI 時代の「ビジネス(プロフェッショナル)スキル」であることがわかります。したがって、全社レベルの教育という点では、私は真っ先にデータリテラシー教育に力を入れるべきだと考えます。
例えば「サラリーマンの平均給与」のグラフがTVのニュースで出てきたときに、
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- そもそも調査方法は?母集団の条件は?
- そもそも分布が正規分布でないのだから平均よりは中央値を教えてほしい
- 年代別や勤続年数別でないとライフスタイルも異なるのだから参考にならない
- このグラフ縦軸が0から始まってなく何か意図的な誘導を感じる
- 視聴者は、平均給与の絶対金額そのものに興味があるのではなく、それによって「生活の豊かさや景気」を知りたいはずだから、物価指数、貨幣価値や景気動向も見ないと絶対金額だけで結論づけは無理があるな
などなど、そのグラフの目的や背景が気になって仕方がない、そんな思考癖がついていればデータリテラシーとしてはひとまず合格です。
SASではData & AI プラットフォームを提供するだけでなく、それをより効果的に活用いただくために重要なデータリテラシーの向上が大事だと考えています。まずはこちらのデータリテラシーの無料コースを受講してみてください。Data Literacy in Practice 企業のリソース管理に責任を持つすべての経営層・管理者層の方々にお勧めします。
その②:企業の成長のための戦略を立てる
こちら(そのデータ活用は攻め?守り?)にあるように、ストラテジック、タクティカル、オペレーショナルかによって、データの活用の仕方はパターン化され、その効果の度合いも変わってきます。自社のビジネス課題をこれら分類に当てはめることで、どのようなデータがあれば実現できるか、という目的ドリブンの思考が可能になり、解決したいビジネス課題の定義、データの利用可能性、解決の困難さという分析によって、投資の優先順位、期待効果、見通しができるようになります。
嘆きの大きな原因の一つとして、データサイエンスチーム、DXチームを先に配置してして安心してしまうことがあげられます。これにより、それらのチームはデータを活用することが目的化しがちです。一方で、一見派手さはなくとも着実にデータ分析を競争優位性に生かしている企業には、DX部門やDS部門が明示的になく、それぞれの事業や業務単位にデータ分析担当者がいて直接的に業務に役立てているケースが多いです。
その③:データを掛け合わせるのではなく知(アイディア)を掛け合わせる
イノベーションは、できるだけ遠くの知と知と掛け合わせることが重要だと言われています。できるだけたくさんの選択肢を掲げ検討することが必要であり、データの活用を前提にすることは、それ自体イノベーションの芽を摘んでいることになります。
先に述べたようにデータを正しく有効的に活用するためには、その出自など様々な背景理解が必要になります。そのような理解抜きに、データ共有やデータを掛け合わせることに意味はありません。データそのものではなく、そのデータが何を意味しているのか、その先の世界をどのように理解できるのか、という知・洞察そのものを掛け合わせることで、初めてイノベーションになります。
SASではそのような問題定義とよりよい解決策の発見のためのアイディア出しの方法論も提案しています。興味があれば是非お問い合わせください。
SAS Ideation Gameの紹介
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- https://www.sas.com/sas/events/hackathon/ideation-game.html